未分割の場合の相続税申告

遺産分割協議は、
相続人全員の共有状態である故人の遺産を、相続人各人に承継させるために行われますが、
「遺産分割請求権(分割協議を求める権利)」には時効がなく、
遺産が、長期間に渡って、未分割のまま、共有状態となっていても、民法上は問題がありません。
しかしながら、
相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に、相続税の申告・納税を行わなければならないため、
遺産が未分割状態の場合は、
- 各共同相続人
- 包括受遺者
が、
- 民法上の相続分
- 包括遺贈の割合
に従って、
その分割されていない財産を取得したものとして、課税価格を計算します。
なお、
民法上の相続分とは、
- 遺言がある場合には、遺言による指定相続分
- 遺言がない場合には、法定相続分(特別受益を考慮し、寄与分は考慮しない)
をいいます。
※
遺産分割協議については、
民法上の相続分については、
遺言については、
包括遺贈については、
特別受益については、
「特別受益|民法の定めと税法の定め」を、
寄与分については、
ご確認ください。
未分割状態の遺産分割協議が調った場合

未分割状態の遺産分割協議が調った場合には、
- 更正の請求(分割が確定したことを知った日の翌日から4か月以内)
- 修正申告
- 新たに期限後申告(当初は取得財産がなかった者が法定申告後に取得することとなった場合)
を行い、
払い過ぎている者は相続税を戻してもらい、
不足している者は相続税を追加で支払います。
ただし、
相続税を払い過ぎている者は、更正の請求をしないことも選択でき、
その者が更正の請求をしないことを選択した場合は、
- 修正申告すべき者
- 新たに期限後申告をすべき者
も、それらを行う義務がなくなります。
つまり、
更正の請求さえ行わなければ、修正申告等の義務も発生しない
ということになります。
未分割の状態では適用できない優遇措置
相続税の優遇措置

以下の優遇措置は、
遺産分割が、申告期限までに調うことを要件としているため、
未分割の状態で、期限内申告をする場合には、適用することができません。
- 配偶者の税額軽減(相続税の配偶者控除)
- 小規模宅地等の特例
- 農地等の相続税の納税猶予
- 山林の相続税の納税猶予
- 特定の美術品の相続税の納税猶予
- 個人事業者に係る特定事業用資産の相続税の納税猶予
- 非上場株式等の納税猶予
- 医療法人の持分の相続税の納税猶予
- 相続税の物納申請
※
配偶者の税額軽減については、
「配偶者の税額軽減(相続税の配偶者控除)|要件と注意点」を、
農地等の相続税の納税猶予については、
個人事業者に係る特定事業用資産の相続税の納税猶予については、
非上場株式等の納税猶予については、
を、
小規模宅地等の特例については、下記をご確認ください。
ただし、
上記の1と2は、
「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出後、
申告書の提出期限から3年以内に、遺産分割が調えば、
分割が確定したことを知った日の翌日から4か月以内に、
更正の請求を行うことにより、適用可能となります。


申告期限から3年を経過して、なおも遺産分割が調っていない場合で、
遺産分割が調わないことにやむを得ない事由があるときは、
申告期限後3年が経った日の翌日から2か月以内に、
「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由が旨の承認申請書」を提出(やむを得ない事由の証明書類も必要)しておけば、
分割が確定したことを知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行うことで、
上記の優遇措置を適用することが可能となります。
※ やむを得ない事由とは、
相続または遺贈について、
- 訴えの提起がされている場合
- 和解、調停または審判の申立てがされている場合
- 遺産の分割が禁止されている場合
- 相続の承認、放棄期間が伸長されている場合
- 相続人等に行方不明または生死不明者がおり、かつ、その者の財産管理人が選任されていない場合
- 相続人等に精神または身体の重度の障害疾病があり、加療中である場合
などです。


所得税の優遇措置

相続した財産を、相続税の申告期限から3年以内に譲渡した場合には、
譲渡所得税を計算するうえで、
相続税額のうちの一定額を、取得費に加算することができますが、
遺産が未分割の状態では、この特例も適用を受けることができません。
※
譲渡所得税の特例(取得費加算)については、
詳しく解説していますので、ご確認くださればと思います。
遺産分割が調った際の修正申告等における延滞税・加算税

未分割状態の遺産について、
分割協議が調ったことによる
- 期限後申告
- 修正申告
- 更正
- 決定
は、国税通則法に定める通常の期限後申告等とは異なり、
相続人の責めに帰せない原因に基づくものであるとされているので、
法定申告期限の翌日から
- 期限後申告を行った日
- 税務署長が更正・決定処分の通知を発した日
までの延滞税は課されず、
- 過少申告加算税
- 無申告加算税
も課されないことされています。
※
延滞税・加算税(過少申告加算税・無申告加算税)については、
「相続税・贈与税の延滞税と加算税」をご確認ください。
あえて未分割の状態にしておいた方が良い場合もある

上記を考えれば、
遺産分割は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内には、完了した方が良いと言えるのですが、
例外として、
あえて未分割の状態にしておいた方が良い場合もありますので、以下に記載しておきます。
相続人に未成年者がいる場合

相続人の中に、
- 未成年者
- その未成年者の法定代理人である親権者
の双方がいる場合には、
双方は利益相反となるため、
遺産分割協議に、特別代理人の出席が必要ですが、
その特別代理人の選出にあたって、
未成年者にとって不利にならない遺産分割協議案を、
家庭裁判所に提出しなければなりません。
この、未成年者にとって不利にならない遺産分割協議案は、
未成年者に、法定相続分以上の遺産を分割する案でなければ認められませんので、
未成年者が、多額の遺産を手にすることも少なくありませんが、
このことが、その未成年者に、教育上良くない影響を与える場合には、
その者が未成年者の間は、あえて遺産を未分割の状態にしておき、
その者が成年になり、分割協議に特別代理人の出席が不要になってから、
遺産分割を行うことも、ひとつの方法です。
ただし、
申告期限後3年以内に遺産分割を完了しなければ、前述の優遇措置を適用できませんので、
上記は、未成年者が相続開始から3年以内に成人になる場合に限って有効ということになります。
※ 令和4年4月1日より、未成年者は、満18歳に達する日をもって、成人となります。
また、
未成年者が成年になってから遺産分割を行い、
相続税の申告を行うと、
未成年者控除の適用はできませんので、
その点についても、注意が必要です。
※
未成年者控除については、
「相続税の未成年者控除」をご確認ください。
相続税の申告期限より前に、相続人が亡くなった場合

故人の相続が開始し、
相続税の申告をする前に、その相続人が亡くなってしまった場合(再転相続といいます)には、
両者の相続人は、
その両方について、相続税の申告をしなければなりません。
例えば、
父が亡くなって、父の相続税の申告をする前に、母も亡くなってしまったような場合、
両親の子供が、
父の相続(一次相続)と母の相続(二次相続)の両方について、相続税の申告をしなければなりません。
※
再転相続については、
「再転相続|遺産分割の完了前に相続が続けて起こった場合」をご確認ください。
このような、一次相続と二次相続の間の期間が短い場合には、
両方の相続を併せて、相続税についての有利な方法を選択するのが鉄則ですが、
情報(路線価や固定資産税評価額など)の公表が未だされていないなどの理由から、
二次相続財産を確定できない場合もあります。
また、
一次相続と二次相続の間の期間が短い場合には、
一次相続の財産も、二次相続時点での価格で分割することが、
相続人間の争いを防ぐことに繋がることもあります。
これは、
一次相続財産の中に、短期的に価格変動するものが含まれている場合などで、
その財産については、二次相続財産と併せて、
二次相続時点での価格で、分割協議を行うことが、
相続人間に公平感を与えます。
これらのような場合には、
一次相続について、いったん未分割の状態で申告をしておき、
その後、
二次相続と併せて、分割協議をまとめることも、ひとつの方法です。
なお、
相続税には、
10年以内の間に、同じ財産を対象に、複数回、相続税の申告をする場合に、
一定の金額を控除できる相次相続控除という制度がありますが、
一次相続で、配偶者の税額軽減を適用し、納税がなかった場合には、
二次相続で、この相次相続控除を適用することはできませんので、
一次相続と二次相続を併せて相続税の検証ができる場合には、
- 一次相続で配偶者の税額軽減を適用し、二次相続で相次相続控除を適用しない方法
- 一次相続で配偶者の税額軽減を適用せず、二次相続で相次相続控除を適用する方法
のどちらが有利になるか、検証する必要があります。
※
相次相続控除では、
一次相続の開始後、1年ごとに10%ずつ、控除額が減額されていきますので、
一次相続と二次相続の間の期間が短いほど、控除額が大きくなります。
あとがき

今回は、
相続税の申告期限まで(相続開始から10か月以内)に、遺産分割協議が調わない場合の相続税の申告についてまとめました。
遺産が未分割状態では、適用を受けられない税制の優遇措置もあるため、できれば分割できた方が良いのですが、
どうしても分割協議がまとまらない場合もあるかと思います。
そのような場合に、どのような手続きをとっておくべきかについて、内容をご確認くださればと思います。
また、
あえて遺産を未分割にしておいた方が良いケースもありますので、併せてご確認ください。